2023年10月4日
この作品は、2014年から2018年まで、わたしの生まれ故郷と各地の果樹園を追いかけた記録である。
わたしは埼玉県郊外の白岡市で生まれ育った。親戚が農業を営み梨園を保有していた。4月から5月にかけて受粉作業や実すぐりを時々手伝った。収穫の季節はいつも夏休みと重なっていて、出荷用の箱を祖母や伯父といっしょに組み立てた記憶がある。
海外に拠点を移し日本を離れていた時期もあったが、2013年に帰国。
日本に戻り最初に撮影をしたのがこの梨園だった。当たり前だった風景がなぜか違ってみえた。果樹が、実がなる樹という存在が、とても神秘的に見えた。
それから日本各地の果樹園に足を運び撮影を続けた。
青森では、りんご農家の主人に、息子が交通事故で亡くなり後継者不在という話を聞いた。瀬戸内海の小さな島で余命半年の高齢男性に出会った。妻に先立たれ自分も癌を患いながら蜜柑を育てていた。この作品を発表するには時間がかかり過ぎた。彼はもうこの世にはいないだろう。
白岡の梨園も2018年に終に閉めることになった。
伐採の当日、目の前で変わってゆく光景にシャッターを切り続けた。樹木を失った土壌はどんどん乾いていく。幹から切り落とされた枝はまだしっかりしているように見えたので、無造作に20本ほど持ち帰り浴槽に水を溜めて枝を浸した。
すると1ヶ月後に蕾がふくらみ始め、季節外れの3月に白い花が咲いた。
わたしは急いで枝を抱えて暗室に入り、最期の花が朽ちゆく瞬間を印画紙に焼き付けた。