2025年4月23日

戸室健介 個展「exhibitions #3」

本シリーズの初期構想、撮影段階で、私はWinograndの写真を意識していました。 視る目や瞬発力の差、使用しているカメラ(僕は中判カメラ、Winograndは35ミリ)なのか、 そもそも構想が無謀だったのか、Winograndの様に画面の『伱間』が緊張感を持つ写真にはならなかった様です。 また、主な被写体に人間や動物が写された事も稀でした。 (人間に関してはテストプリントに2点程ある位です。) 写真を始めた頃、つまり写真への自我が目覚めた頃の影響は抜け無いみたいで、やはり、私の場合は画面の『伱間』を埋める写真になってしまう様です。 初期構想とは違うものにはなりましたが、本展示用のプリントを完成させ俯瞰して見ると、自分の気に入った写真群になっているので、ひとまずは良しとします。 本シリーズ初期にスナップを意識していたので、撮影は手持ちカメラで行っていました。 晴天時は、ISO400でシャッタースピード1/250秒、絞りf/16、曇りの日は、ISO400でシャッタースピード 1/125秒、絞りf/8くらいで撮影します。 以前は違和感を感じなかったのですが、昨年くらいから絞りf/8での被写界深度外のピントが気になって見えるようになりました。 それまでは被写界深度外の少しボケてしまった物も許容できていたのですが、今はそのボケ感がなんとなく許容できない物となっています。 (とはいえ、絞り込んでも多少ボケる箇所も出るのですが) 展示のプリントサイズが11×14と中判カメラにしては小さ目なので、最初はフィルムを増感現像することも考えたのですが、粒子の具合とコントラストの上がり方を考えて増感現像は無しとしました。 また、三脚を使用してしまうと、スナップ撮影時の構図の決まり切らない写真の良さが、(手持ち撮影と三脚使用の違いは明確に写真に出ると思います)無くなってしまいます。 消去法と言う訳でも無いですが、一脚を使いシャッタースピードを1/30まで活用して(場合によっては1/8位まで)絞り込める範囲を拡げる事で、被写界深度外のピントへの違和感をひとまずは解決出来ました。 もしかしたら、以前よりもピントの緊張感は出て来たかも知れません。 さらに棚ぼたですが、今までは露出の関係で撮影対象外だった室内の写真が対象内になった事も良い結果でした。 この1年間も相変わらず開園から入場して撮影して移動するという行為を繰り返していました。 この3年間で100箇所以上の動物園を回りました。 流石に主要な動物園で行くべきところも無くなり、小さな動物園もほぼ網羅してしまいした。 ですので3年の間、動物園を回り撮影し展示して来た行為も、今回でひと区切りになるかも知れません。 ただ、まだ国内に残箇所(小さい動物園です)が少しと、手持ち撮影時に撮影対象外だった室内写真の撮りこぼしがあると思いますので、撮了まではもう少しかかるかと思います。 現在は撮り溜めた写真をまとめる作業に入っています。 まだまだプリントが追いついていなくシリーズの全体像が見えていない状況です。 なるべく早くまとめてしまいたいのですが、もうしばらく時間がかかりそうです。 なんとか1年以内にはお目にかけることが出来ればと願っています。
2024年4月3日

戸室健介 個展「exhibitions #2」

展覧会概要 動物園を撮影し始めて2年が過ぎた。 朝の開園と同時に撮影を始めるのだが、その時間に入園するのは 私と同じようにカメラを持っている人達が多いように思う。彼達は入園とともに思い思いの撮影ポイントへと散って行く。 人気が無くなってしまった入園ゲートで、私は行くべき具体的な目的がないので、とりあえず案内看板を眺めて見る。時折どこからか動物の鳴き声が響くのだが、聞きなれない声だからなのか少し気味が悪くもある。 大概の場合道順通りに、太陽の方向を気にしながら「展示」を見て歩く。写真になりそうな場所があればアングルを探して撮影し、また次へと歩いて行く。 繰り返し同じ様な場所を撮影していると、思いがけない風景に出会ったりする事は ほぼ無いままに、1日が終わったりする。 フィルムの現像が終わり、まずはコンタクトシートを作り、気になるカットはテストプリントへ。暗室の中で、10秒ほどの露光を終えた印画紙が現像液の中で段々と像を現す。それは淡いような、まどろっこしい様な2分間。さらにもう1分間定着液の中で印画紙から写真となるのを待つ。 蛍光灯をつけ少しだけ明るくなった部屋で、その写真を定着液から浮 […]
2023年5月24日

戸室健介 個展「exhibitions」

展覧会概要 動物園という見ることの目的が明確な場所では、私たちの目的は「展示」されている動物たちを見ることだ。だから私たちの記憶には動物のみが主に存在している。なので、それを取り囲んでいた 「展示」状況(私たちが無意識に見ていたであろうその場の全体、細部、視界を遮っていたノイズの存在、人工的な物質)は、頭の中で描かれる写真のように主体の脇でぼんやりとするか、もしくは記憶から欠落する。この「exhibitions」シリーズは、記憶の中の状況を現実の状況として写真化された時に、私たちはどの様に現実が見え始めるのか?見る目的の明確な「展示」の場所を撮影し、それを考察する。