2026年6月1日

shimadamasafumi 個展「C Record」

私の制作は一貫して、写真とは何か、そして私たちは写真に何を見ているのかという問いから始まっている。 初期には写真という媒体そのものの成立条件や、その表象のあり方に関心を向けてきた。 やがて関心は、写真に写された対象ではなく、写真が成立するための根源的な要素である光へと向かう。 その探求のなかで生まれた作品が「Photon」である。 「Photon」は、太陽光そのものを記録する試みとして制作された。 そこでは写真は何かを再現するための装置ではなく、光が存在したという事実を受け止める場として扱われている。 しかし、作品との遭遇によって生じるものは、光の記録だけではない。 鑑賞者の内側には、それぞれ異なる思考や観念が立ち上がる。 その現象への関心から展開されたのが「Conpton」である。 「Conpton」は、Photonと鑑賞者との関係のなかで生まれる思考の存在を捉えようとする試みであり、光から始まった探求を、人間の認識や観念の領域へと拡張する契機となった。 そして現在取り組んでいる「Conptons Record」は、その思考そのものを記録するためのシリーズである。 私にとってPhoton、Conpton、Conptons Recordは、それぞれ独立した作品群ではない。 光から始まった問いが、認識へ、そして思考の記録へと展開していく、一つの連続した実践である。 本展では、その連続する探求の現在地としてConptons Recordを発表する。
2025年2月12日

shimadamasafumi 個展「Archives」

——知るということ。それは、取り返しのつかないことである。 「写真を見ている」という状況は、写真を見ながら物事を考えられる唯一の機会である。写真に写る景色の壮大さ、波の繊細さ、空気の奥行き、サイズ感、関係、質感、思いなど。瞬きをすることさえ惜しく、目線を逸らした瞬間から記憶という虚像に覆われていく。慌てて目線を戻しても覆われた部分がめくれることはなく新たな認識で上書きすることしかできない。 さっきまで写真を見ながら考えていた内容は覚えていても「見ていた写真」は記憶の彼方で形を失い、(今再び)「見ている写真」に先ほどの記憶を当てはめてしまう。  このように、見ているものは一瞬のうちに見たものとなり、見たものは一瞬のうちに得体の知り得ないものへと変化していく。そして、我々はこの抽象度でものを見て、他者と共有し、それを考えているのではないだろうか。  もしかすると「そこにあるのは〇〇の写真らしい」という(漠然とした)情報で、十分なのかもしれない。