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2026年6月25日

「In Between, Still - ひかる ゆらぎ そっと ふれる ―」

生きてきた道が違う 住んでいる場所も違う まったく違うコミュニティの4人が 同じ年に京都芸術大学へ入学した それぞれの個性は混ざり合うことはなく しかしながら重なったり共鳴したり まだ名前のない宙ぶらりんな何かが 私たちの合間には静かに存在している ひとりで紡ぐ世界とはまた違う 4人の展示をどうぞお楽しみください。
2026年6月24日

片柳拓子 個展「Flirt」

片柳拓子は、都市におけるモノの存在とその表層をテーマに、作品を制作してきた写真家です。 昨年の個展に続く新作を発表致します。 新しい実験として、対話型イベントを開催予定です。
2026年6月10日

久保田智樹 写真展「ASHIO 2010/2011」

本展は、故郷である足尾銅山の情景を長年にわたって記録してきた中から、昨年の「ASHIO 2008/2009」に続く初期の作品として、2010年・2011年に撮影した写真で構成いたします。 足尾は、かつて日本有数の銅山として栄えた歴史とともに、公害という負の側面も深く刻まれた場所です。私にとってこの地は、そうした公の歴史と、自分自身の個人的な記憶や時間が重なり合う場所でもあります。煙害により岩肌を晒した山々や、閉山後に朽ち果て草木に覆われた社宅、鉱山施設の廃墟。それらを15年以上にわたって繰り返し撮影する中で、この地が歩んできた歳月の重みや人々の営み、そして現代の日本が直面する現実を静かに見つめてきました。 本シリーズは、今後も数年分ごとの作品を順次展示していく予定です。私が見つめてきた足尾の風景を通して、過ぎ去った時間、あるいはその先に続く何かを、それぞれの心で感じ取っていただければ幸いです。
2026年6月3日

橋本 晃 個展「Sliding Doors」

ある時、台湾で撮った写真を眺めていたら、「これどこかで見たな」と思い、過去の写真を見返してみた。自分が思っていたのは、京都で撮った写真だった。撮っていた時には「これどこかで見たな」と思わなかったことが不思議に感じられた。 本作:Sliding Doorsでは、異なる時間・場所で撮った写真の中から、そういった既視感、あるいはもっと単純に色やカタチといった要素も含めて、何かしらの結びつきが感じられたものを集めて、提示することにした。なぜ、写真になってからその相似に気がついたのか、それとも、撮っている時点で実は無自覚に過去の景色を意識していたのか。そもそも、他者から見ればそれらは全く似ても似つかないものかもしれない。展示を通して、現実世界と写真、私が見て感じること/他者が見て感じること、その重なりと違いについて、探していければと思う。
2026年6月3日

吉田圭右 個展「フリップ」

展覧会概要 絵を描き続けるということ。その仕組み作りについて。無理のない範囲で扱うことができそうな部品を集めて組み立ててみる。少ない部品であっても組み立て方を変えるとそれぞれ全く別のものになることに気づく。思いもよらないものが出来上がったりもする。それを並べて眺めてみる。イメージとの向き合い方のサンプルとして。
2026年6月2日

篠田 凜 個展「硝子戸のエッセイ」

篠田凜が大学での研究の一区切りとして取り組んだリサーチプロジェクト「植物との恋愛」。それは人類、あるいは篠田個人にとっての「他者」である植物に向き合うことで、人間中心主義批判と同時代的なアートに対する批判、そして篠田自身をアートへと突き動かす欲そのものへの批判へと突き進む。やがて篠田が恋愛という言葉で表す「欲」そのものから切り離された(かのように見える)感覚的な世界「(植物との)永遠のコミュニケーション」に気づく…、そのような経験を1年間のリサーチ作品と篠田の半生を共に振り返り、接続する私小説の方法によって書き留めた。 この一連の精神を受け継ぎもう一度自身とコンテンポラリーアートの原点である「絵画」へと向き合う中で、篠田は植物の「息遣い」や「瑞々しさ」と時代の叫び、「死」に対峙する。「植物との恋愛」から新作絵画への進展過程を夏目漱石の晩年の活動へと絡めながら、前者を『こころ』(小説)、後者を『硝子戸の中』(随想集=エッセイ)との関係の中に位置付ける。 このガラス張りの展示会場で行われるのは、「描かれた瑞々しさ」という特殊な状態を表現する新作絵画「Painting of Plants」を「硝子戸のエッセイ」という展覧会によって支える試みである。
2026年6月1日

shimadamasafumi 個展「C Record」

私の制作は一貫して、写真とは何か、そして私たちは写真に何を見ているのかという問いから始まっている。 初期には写真という媒体そのものの成立条件や、その表象のあり方に関心を向けてきた。 やがて関心は、写真に写された対象ではなく、写真が成立するための根源的な要素である光へと向かう。 その探求のなかで生まれた作品が「Photon」である。 「Photon」は、太陽光そのものを記録する試みとして制作された。 そこでは写真は何かを再現するための装置ではなく、光が存在したという事実を受け止める場として扱われている。 しかし、作品との遭遇によって生じるものは、光の記録だけではない。 鑑賞者の内側には、それぞれ異なる思考や観念が立ち上がる。 その現象への関心から展開されたのが「Conpton」である。 「Conpton」は、Photonと鑑賞者との関係のなかで生まれる思考の存在を捉えようとする試みであり、光から始まった探求を、人間の認識や観念の領域へと拡張する契機となった。 そして現在取り組んでいる「Conptons Record」は、その思考そのものを記録するためのシリーズである。 私にとってPhoton、Conpton、Conptons Recordは、それぞれ独立した作品群ではない。 光から始まった問いが、認識へ、そして思考の記録へと展開していく、一つの連続した実践である。 本展では、その連続する探求の現在地としてConptons Recordを発表する。
2026年5月31日

安武青架 個展「Silver Lining」

展覧会概要 Silver Lining  写真に取り組んで以来、東京の日常を撮影しています。最初の頃は生まれ育った地域やその周辺を撮影していましたが、次第に地図から心惹かれ撮影できそうな場所をみつけ、東京の様々な場所へと赴き撮影をしています。ここ数年《Stillness of Common Sights》と題した写真に取り組んできました。慌ただしい東京の日常においても、わずかな時間ではありますが、静けさを感じる時があります。《Stillness of Common Sights》は東京の各所に撮影に行き、そういった日常における静かな時を、フィルムの中判カメラで撮り続けたものです。  今回もその一連の取り組みにおける写真の展示ですが、タイトルはEvery cloud has a silver lining.(どの雲も銀色の裏地がある / どんな場面にも希望やその兆し、よい面がある)という諺によっています。自分にとって心地よい風景を東京の各所に見出せたことは、大変意義深いことと思います。  《Stillness of Common Sights》は東京を撮影したものであり、人々の生活や在り […]
2026年5月20日

原 愛花 個展「四角い草原」

本展は、2023 年より制作を続けている“四角い草原”より抜粋したものを展示する。 作品“四角い草原”とは、人による介入がある場所とそうでない場所の間にある空間もしくは変移していく場所に着目し、外来種植物のように“自然と人間の間で浮遊する”存在が曖昧な物体や空間を撮影することで、人間と自然の間を常に移動し続け、“ふるさと”がない自身の立ち位置を表現している。
2026年5月13日

成子祐子 個展「半透明の森に立つ」

首都圏の便利と不便の境界線のような場所で暮らしている。真新しい住宅と地域に根ざした暮らしとが混在する風景が続き、宅地の境目や川沿いには雑木林がひろがる。その周辺を撮影のトレーニングのつもりで歩いた。 生活に近い場所で数年間撮り続けた写真には、思考の軸のようなものが垣間見えた。日常の中で体感した様々なことが、被写体の中に紛れ込んだのだろう。 日々何気なく見たものを、撮影という手段できりとる。その一枚一枚を紡いだものは、言葉のように何かを伝える手段となりうるだろう。 見るという行為はその人の思考と直結している。 何を見て、何を思い、どう存在するのか。一つの方向からのみ物事を捉えようとしたとき、私達の視野は急速に狭まる。目の前にある小さな瞬間に何を見るのか。それは表層に覆われている物事の、深部に近づく限られた手段であるのかもしれない。
2026年5月6日

寺崎珠真 個展「LANDSCAPE PROBE: Interim Report 2024-2025」

昼光となだらかな勾配は歩行を促し、さまざまな事物に視線は彷徨う。 環境によって無意識のうちに眼と足は導かれていく。 眼前を掠めていく認知以前の視野が逃げ去る前にシャッターを切ると、 カメラは瞬時にその観察点への光の配列を記録する。 晴れた日の光の底に立ち現れる風景。 見回すことと見つめること、具体と抽象、風景と写真の間を行き来している。 いつも途方に暮れながら、当てもなく果てもなく探査は続く。
2026年4月22日

藤田紅於 個展「緑、泉、丘、光」

初の個展となる本展では、別々に撮影した2枚の写真を合成した写真作品を展示いたします。 手作業のデジタルコラージュによって制作された細密なイメージを通じて、時間に侵食された事物の姿と、そこに暮らしてきた人々の微かな気配とを浮かび上がらせることに取り組んでいます。 この機会にぜひご高覧ください。
2026年4月8日

本吉映理 個展「echoes」

生まれついた身体に揺らぎを持ちながら、 知覚する意思を手繰り寄せる。 一つずつ選びとり重ねていくその先で、 それぞれの身体を通して輪郭を帯びていく。 何にも依ることのないそのありようは、 言葉になる前の開かれた光景の中にある。