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2022年9月7日

川崎祐 個展「未成の周辺」

展覧会概要 川崎祐は、家庭内写真と地方・郊外をテーマに、作品を制作してきた写真家です。2017年から発表を開始し、2019年に写真集にまとめられた『光景』シリーズは、地方における家族の風景を家父長制批判などの観点から捉え直す作品でした。 本展では川崎が2018年から撮影を続けてきた和歌山県新宮市で撮影された作品を展示します。聖地として知られるこの場所に通いながら川崎が関心を寄せたのは「荒地や空き地や住宅」などの風景でした。その継続的な撮影を通して川崎は、ありきたりな景色の中に「じぶんを縛り、恃みにもなってしまった風景」を見出します。さらにそれを他人に向けてひらこうとすることが、川崎の試みと言えるでしょう。 なお本展では写真作品に加えて、川崎が本展のために書き下ろしたテキスト(ステートメント)もあわせて配布します。 === このあいだ帰省したとき、むかしのじぶんが見えたんだ、とわたしに言ったのは懇意にしていた年上の知人だったが、当時(二十年ちかくまえのことだ)のかれは初老に差しかかっていて、大学進学を機に上京したひとでもあったから、そのときのかれに見えたかれは子どもか少年か少年と青年のあ […]
2022年8月24日

2022年度 桑沢デザイン研究所 羽金知美ゼミ 写真展「泳ぐ鳥」

展覧会概要 この度、桑沢デザイン研究所 羽金知美ゼミによるグループ展「泳ぐ鳥」を開催いたします。 鳥は、空を泳ぐように軽やかに飛んでいます。泳ぐことは、見方によれば心地よいことでも、苦しいことでもあります。私たちは、日々写真を撮って考え続けています。 鳥はどこを目指して飛んでいるのでしょうか。私たちは何を目指して撮り続けているのか。 まだ途中だけれどいつか鳥のように飛べることを願って。 ゼミ生9人が泳いできた道のりと、それらが重なる時をご覧ください。
2022年7月13日

川口 蓮 / 廣瀬 祥大「paradise」より

展覧会概要 動植物に関心の持つ同世代の作家、廣瀬祥大と川口蓮による展覧会。 廣瀬は「クニマス」が生息していた秋田県の田沢湖を収めた写真を展開する。クニマスは富国強兵を推進する国策や農業用水として引き入れられた玉川の酸性水に翻弄され、1940年を最後に姿を消した田沢湖固有のサケ科の淡水魚類である。 川口は福島原発事故後の避難指示区域で増殖したことが話題となった「セイタカアワダチソウ」を自作のマシンで動かすインスタレーション作品を制作する。
2022年6月1日

assignments 「WRITING PHOTOS」

展覧会概要 assignmentsは5人の写真家と1人のグラフィック・デザイナーから成るグループです。私たちは、ある写真家が主催するワークショップで出会いました。ワークショップは数年間のうち、違う空間、違うタイトルで数回開催されましたが、コンセプトは共通して「みんなで写真を考える」ことでした。毎回、出される課題に取り組み、写真について考える、そんな経験をかつて共有した者たちがコロナ禍で再び集まりました。普段は個々で活動する傍ら、assignmentsでは「グループだからできる”課題”」に取り組んでいます。この度の展示では、会うことなく一本のフィルムをメンバーで順番に回しながら撮影する多重露光プロジェクト、また、外出することができない時間に読んだ文学から改めて写真について考えた各々のプロジェクトを発表します。露光を重ねれば重ねるほど透き通ってゆくイメージの中で、目を凝らしてようやく見つけるそれぞれの日常の時間。そしてページをめくればめくるほど魅了されてゆく文学の世界の豊かさを見つける時間。別々の場所にあって個々が過ごした時間と、文学と写真について繰り返した思索を、一つの空間に集め、レイヤ […]
2022年5月4日

イシダマイ 個展「gauge(2020-2021)」

展覧会概要 ゲージとは自分の編み目の緩さキツさを確認する作業のことを指す。10cm正方の中に縦横何目あるかを数え、自分の編み加減を確認し製図を行う。2020年4月に、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発令された。私は仕事を休み、自宅待機をした。自宅でほとんどの時間を過ごすようになると、コロナ禍における不穏な日々の心と体の拮抗、内的意思とそれに伴う身体活動をログ化したいと思うようになった。 WEBで編み物の効能について調べた。「編み物をすると、脳の血流が増加し、前頭前野が活発に活動する。前頭前野は、想像力やコミュニケーション能力、記憶力を司る。ヒトの思考や創造性を担う脳の最高中枢である」と記載があった。 そこで私は、特別定額給付金10万円を使って毛糸を購入し、2020年4月28日(誕生日)から1年間棒針編みゲージを1日1枚編んで撮影することにした。そして都度撮影した写真 365枚をブロック連結させた。 深夜のテレビでは、信号を測定して品質を保持するために、カラーバーが表示される。自粛生活の中で、このゲージが私のカラーバーとなった。そして、繋ぎ合わせることで 1年間における心身 […]
2022年4月20日

片柳拓子 展「impersonation」

impersonation 到着したら、とりあえず駅前のありふれたカフェに立ち寄り、温かいものを飲む。 温かいものを飲んでいるうちに、少しずつ街に馴染んでいくような気がするのだ。飲み終える頃には、私はその街の住人が着ているような空気をまとう。そして、あたかもその街の住人のような顔をして街を歩きだす。 その街に住んでいないと歩かない路地に迷い込んでみる。というよりも自ら街に迷いに行く。温かいものを飲みながらまとった街の空気は、「近所に住んでいそうな人」もしくは「新しく越してきたかもしれない人」といった立ち位置を演出する。 時折、人に見られている気配を感じて振り返ってみると、人ではなく猫に見つめられて ことがある。猫に見つめられていると思って振り返ると、そこには誰もいない。そこにあるのは物だけで、気配を探してあたりを見回すが、人影も動物の影も見えない。 そこに誰かがいたのかもしれない。しかし、その気配だけが私に触ってくるのである。そして、こちらを向けと囁くのだ。 そのうち自分がどのあたりを歩いているのかわからなくなり途方に暮れる。どこかにランドマークとなるようなものが見えるのではないかと遠 […]
2022年3月23日

坂本政十賜 写真展「GENIUS LOCI 東北」

展覧会概要 坂本政十賜は展覧会や写真集のみならず、雑誌紙面を通じても継続的に作品発表をおこなっている練達の写真家です。近年ではアーティスト・コレクティブ「FŪKEI」の一員としても積極的に活動を展開しています。 坂本はキャリア初期から現在まで一貫して、卓抜なフレーミングと瞬間把握によって裏打ちされたストレートフォトグラフィーを基調とした作品を発表してきました。また同時に、そうした写真群は被写体を明瞭かつ正確に写し出すことから、すぐれた記録性を備えているといっても過言ではありません。本展覧会で発表される≪GENIUS LOCI東北≫にもそうした性質が余すことなく含まれています。 しかし、東北地方の家々を撮影した本作の、その実直かつ抑制的な画面からは、ことさらに強調された美的な操作や決定的瞬間を見出すことはできません。むしろ、被写体となった家のまえで静かに佇むという身振りを形象化したかのような寡黙な画面が、本展覧会には数多く出陳されます。そうしたイメージ群からは、東北の各地と坂本とのあいだに紡がれた交感の軌跡を、鑑賞者もまた見て辿ることができるでしょう。
2022年1月26日

佐方晴登 写真展「Dead. But not dead.」

展覧会概要 近年「事故物件ブーム」がにわかに巻き起こり、それにまつわる商業映画や、小説、ネット記事が数多く制作される様になりました。事故物件なる言葉はブーム以前から存在していましたが、日本人に古くからある意識、不浄の概念の現代版のようであり、現代日本の消費文化と結びついてホラー映画的な一つのカルチャーになりました。 しかし本来、生と死という概念は古くから人類が直面してきた現実的、哲学的な問題であり、資本主義的消費文化が根付く以前は軽々しく扱ってしまう様なテーマではなかったように思います。 私は生と死が一種の商品として市場に流通している事に対し、非常に違和感を感じてきました。思えば、子供の頃から慣れ親しんできた正義と悪の戦いの物語、感動的な死… 日本から遠く離れた紛争、それに巻き込まれて死んでいった子供達… そういった類のエンターテイメントやニュース番組を日々消費する事で本来の死の匂いから遠ざかっていく感覚がありました。虚構の死に感動し、遠い世界の紛争に心を痛めては、直後に流れるCMやグルメ番組に気を取られて忘れてしまう。身近に存在するはずの生と死を感じる事なく、不自由ない生活をおくる。 […]
2022年1月19日

篠田優 写真展「on the record | 海をめぐって」

展覧会概要  篠田優は東京を中心に、展覧会や作品集の出版など精力的に活動する写真家です。太平洋戦争時代に建設された遺構や、取り壊しを控えた公共建築などを主な被写体として、大判フィルムカメラや4K動画による精緻な描写によって、記録性と表現性を兼ね備えた写真・映像作品を制作しています。 本展覧会では、篠田が現在まで継続している東京湾沿岸に取材した写真や映像を組み合わせて発表します。篠田は2015年から、三浦半島と房総半島という東京湾を形成するふたつの土地の沿岸部に残された遺構を訪ね歩き、写真に記録するプロジェクトを現在まで続けています。その被写体の大半が太平洋戦争末期に掘削された壕であり、作者はその内部に残された往時の掘削痕や開口部から見える現在の光景を写真に捉えてきました。 また同時に篠田は、そうした壕や砲台といった遺構、そしてその周囲の様子を高精細な動画で撮影した映像作品も制作しています。そこでは、かつての軍事的な施設が観光地へと変貌したり、草生したりして日常の景色の中へと埋もれている様を客観的に見て取ることができるでしょう。 さらに近年では、京浜や京葉の工業地帯における汀に着目して写 […]
2021年12月7日

鼻崎裕介 個展「東京日日」

展覧会概要 鼻崎裕介は1982年和歌山県出身の写真作家です。2007年に東京ビジュアルアーツ写真学科を卒業、独立後は2011年〜2019年 ギャラリーニエプスメンバーとして活動し、『City Lights』(ふげん社、2018年)を上梓しました。 本展覧会で発表する作品は鼻崎が2013〜2021年に東京を撮影したカラーのストリートスナップです。東京と大阪を2部構成でまとめた自身初となる写真集『City Lights』を経て、このコロナ禍で思うように街で撮影ができない中で改めて自らの写真を見つめ直し、それらに2018年以降に新たに撮り下ろした作品を合わせて構成した「東京日日」を発表いたします。 コロナウイルスの蔓延によって様々な行動が制限された中で、今までは気づかなかった普段の生活の豊かさと、非日常さをお楽しみいただけます。
2021年11月23日

岩崎美ゆき 写真展「折りたためる海」

展覧会概要 写真家の岩崎美ゆきは東京を中心に活動し、近年は新作による展覧会の開催を着実に重ねています。 本展覧会は2019年の「この海は、泳ぐためではありません」から数えて3回目にあたるAlt_Mediumでの個展となります。 岩崎の作品はデビューより一貫して、直裁に風景を写しとる硬質なストレートフォトグラフィーによって構成されています。深い被写界深度で撮影された写真は、画面の隅々までピントが合うことにより、かえってそれを見る者の眼差しを画面上に彷徨わせるようです。 また同時に、そのようにして撮られた岩崎の写真には、耳目を集めて特別に名指される土地や景観というよりも、普段には人々が何気なく通過してしまうような光景が写し留められています。 本展覧会に寄せた文章からもわかるように岩崎は、写真が作者の内的なイメージの等価物へと収斂されることに抗い、それらを一種の開放的な「場」のようなものとして存在させることを試みているのです。 平明でありながら、それゆえに言葉しがたい深みを感じさせる写真群をこの機会にぜひご覧ください。 === 見えているのに理解できないものへの畏怖。見えているのに意識にのぼ […]
2021年11月16日

田川基成 写真展「NAGASAKI SEASCAPES」

展覧会概要 長崎県の離島出身の作家・田川基成は、自身のルーツとその後の移動や旅の経験を通し、移民と文化、土地と記憶、信仰などに関心を持ち写真作品を制作してきました。2016年頃から故郷・長崎に目を向けて撮影を続けるシリーズは、展覧会「見果てぬ海」(2020〜2021)や写真集『見果てぬ海』(赤々舎、2020)として発表されています。 本展では、未発表の新作写真から、長崎の海岸と島々を巡り撮影された海の風景=SEASCAPESを主題とし構成されます。作家は4年ほど前、幼少期より遠く西の海の向こうに眺めていたという五島列島の無人島に、海を渡って初めて訪れることになりました。その島の高台から見た光景は、遠く東の海に自身が育った島を見渡すことができ、「風景が反転してしまった世界、あるいはパラレルワードに渡って来たかのような不思議な知覚」を得たのだと言います。同時に田川は、「海の向こうを見る者はまた、海の向こうからも見られていた」という事実にも気がつき、以来、そのことを意識しながら撮影を行ってきました。また、約600もの離島が存在する長崎の海は、間に海を挟んで「見る、見られるを延々と繰り返す環世 […]
2021年11月9日

山崎雄策個展「白い施設」

展覧会概要 山崎雄策はTOKYO FRONTLINE PHOTO AWARD #4準グランプリ(飯田志保子賞、濱中敦史賞選)や写真新世紀2014優秀賞(清水穣選)など多くの受賞を重ね、その作品発表において常に耳目を集める気鋭の写真家です。 本展覧会「白い施設」は山崎にとってAlt_Mediumでの3年ぶり2回目の個展となります。Alt_Mediumにおける2018年の個展「さかしま」での出展作をきっかけとして山崎は「造花」という存在に着目し、本展覧会にはその関心のもとに制作された作品が並びます。 造花とは人々のまなざしに供せられるために存在し、あくまでも生花の代用でありながら、レンズを通したその姿はまるで生きているかのように見えることさえあります。 山崎はキャリアの初期から、デジタルとアナログを自由に行き来し、様々な技法を用いつつ、写真のもつ真実性を逆手にとるように、虚実の曖昧な対象を画面上につくりあげてきました。そうした作品はある種の遊戯性をその表面に湛えつつも、写真という媒体の在り方へと鋭く問いを差し出すものであることが、高く評価されています。本展覧会も視覚にとどまらず、思考的にも […]