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2024年1月24日

藤島茂雄 写真展「静かな生活」

スナップを中心としたカラー写真を展示。 タイトル「静かな生活」は大江健三郎の同名小説から拝借したものであり、 また、”静物写真”を意味する「still life」を直訳した言葉でもある。 今回の個展に合わせ、展示作品を収めた写真集「stilllife」を発行する。
2023年12月20日

松田真生 個展「FOREST/YOSEMITE -かたちを探して-」

写真というのは、間接性を本質とするメディアだと思います。写されたものを見て、そこから受け取る情報や感情は覚えていても、現像ないし印刷された像自体は見れば見るほど実体を失い、しばらくすると記憶から霧散してしまう。直接的で堅牢な表面を持つ絵画の像のように、記憶の中で解体されることなくいつまでもあり続けられる強さを持った「かたち」あるイメージを作りたいと思い、制作をしています。  「FOREST」は、東京の住宅街を被写体としたシリーズです。私の生まれ育った家は東京都杉並区の、密集した住宅街にあります。幼い頃は、何の変哲も無いつまらない街並みが、空間的にも時間的にも永遠に続くように感じていました。数年前からなぜかこの風景に不思議な違和感を覚え、撮影を始めたところ、こうした街並みもゆっくりと、しかし確実に変化し続けていること、さらに、そうした変化の積み重ねの果てに今の光景が存在していることを知りました。それらを新たな「かたち」として残す作業を続けています。  「YOSEMITE」は、コロナ禍で自由に旅に出ることができなかった時期に、過去の写真を見返す中で作品として浮上してきたシリーズです。アンセル・アダムスの作品などで有名なアメリカ、サンフランシスコ州にあるヨセミテ国立公園は、そうした既知のイメージを裏切る非常に多様な色彩と形態に満ちており、気付いたら夢中でシャッターを切っていました。それは、「自然」という無限の存在から私という有限な視点でもって「かたち」を見出していく行為でした。  東京の住宅街という人工的環境と、ユネスコの自然遺産でもあるヨセミテ国立公園は、人工対自然という単純な二項対立ではなく、各々の要素を複雑に内包しています。名前や意味といった言語的情報から離れ、色彩や形態といった「かたち」を中心に据えることで、こうした複雑な関係性を視覚化することを試みます。
2023年12月6日

岩崎美ゆき 個展「なみまの再会」

写真家の岩崎美ゆきは東京を中心に活動し、近年は新作による展覧会の開催を着実に重ねています。 本展覧会は2019年の「この海は、泳ぐためではありません」から数えて4回目にあたるAlt_Mediumでの個展となります。 岩崎の作品はデビューより一貫して、直裁に風景を写しとる硬質なストレートフォトグラフィーによって構成されています。 深い被写界深度で撮影された写真は、画面の隅々までピントが合うことにより、かえってそれを見る者の眼差しを画面上に彷徨わせるようです。 また同時に、そのようにして撮られた岩崎の写真には、耳目を集めて特別に名指される土地や景観というよりも、普段には人々が何気なく通過してしまうような光景が写し留められています。 この度発表される写真展「なみまの再会」においても、岩崎は変わらない姿勢で制作に臨んでいます。 岩崎は写真を、単なる事物の写しではなく、見る者の記憶や経験との関係において立ち現れる場のようなものとしてとらえています。 そのとき撮影者と鑑賞者は、分け隔てられることもなく、新鮮にイメージを体験するのです。 平明でありながら、それゆえに言葉しがたい深みを感じさせる作品をこの機会にぜひご覧ください。
2023年11月29日

顧夢 個展「Wind through the eye of a needle, no smaller than a mountain」

知覚された世界のなかでは、絶対的なものは存在しない、あるいはあらゆるものが相対的であると考えている。  現実で大きいと認識されるものは必ずしも大きくないし、小さいと認識されるものは必ずしも小さくはない。たとえば、針に糸を通すとき、私がそれを凝視しているあいだ、針の目と糸は私の知覚の大部分を占める。このときの針と糸は、遠いところに連続している山々のなかの一つよりも「大きい」。  私の知覚を捕獲するものは、相対的であると同時に偶然的でもある。  北海道でフィールドワークをしたときのこと。山間を走っていた電車のなか、ある窓際におよそ0.1cm³の空間を占めた小さな蠅ちゃんが、かれの6本足であるさらに小さな水玉を遊んでいた。終点に着くまでに、私はずっとそれを見ていた。蠅ちゃんは知らないだろう、彼と彼の遊戯は、私の全ての目的と計画を超越し、この旅における最も大切な記憶になった。  それらの知覚のなかで遊戯するものは、決して固定したものではない。それらは流れている、常に変化している。  ある山に近づき、山のなかに入ったとき、私の山に対する知覚が拡大される。先ほどの山に対するぼんやりしたイメージのような知覚は、細部が満ちた知覚になる——黒い土の匂いと柔らかさ、ある花の模様と色、蜘蛛の巣、水が流れる音とその上の閃光。私に偶然に知覚された葉の顫えのなか、風は見えるようになる。
2023年11月22日

水村丈夫 個展「Kitchen Garden」

郊外の市民農園。 立派に育った野菜もあれば、放置され腐った野菜、虫に食われた野菜もある。 育て方によって、様々な野菜の姿がある。 そんな野菜を観察し撮影した写真です。
2023年11月8日

菅泉亜沙子 写真展「光芒の兆し」

菅泉亜沙子は東京を拠点に活動する写真家です。 本展覧会は2018年以降、Alt_Mediumにおける3回目の個展となります。 菅泉の写真群は特定の被写体や撮影地に捉われることなく、自らに縁を持たない土地を歩き続けることによって生み出されています。 しかし同時に、いくら遠く見知らぬ場所へ移動したとしても自身が既に属している社会規範から逃れらないこともまた、菅泉は作品を語る際には強調しています。 それでもなお、撮影したものたちが、制作を通じて像として浮き上がった時、既知の世界を超えて、新たな視座を拓く兆しとなるような感覚を受けることがあると菅泉は述べています。 地道な歩みが持つ力強さと、瞬く光をとらえる繊細さを併せ持つゼラチンシルバープリントをぜひご高覧ください。 − Alt_Medium
2023年10月4日

内山真衣子 個展「産土 Ubusuna」

この作品は、2014年から2018年まで、わたしの生まれ故郷と各地の果樹園を追いかけた記録である。 わたしは埼玉県郊外の白岡市で生まれ育った。親戚が農業を営み梨園を保有していた。4月から5月にかけて受粉作業や実すぐりを時々手伝った。収穫の季節はいつも夏休みと重なっていて、出荷用の箱を祖母や伯父といっしょに組み立てた記憶がある。 海外に拠点を移し日本を離れていた時期もあったが、2013年に帰国。 日本に戻り最初に撮影をしたのがこの梨園だった。当たり前だった風景がなぜか違ってみえた。果樹が、実がなる樹という存在が、とても神秘的に見えた。 それから日本各地の果樹園に足を運び撮影を続けた。 青森では、りんご農家の主人に、息子が交通事故で亡くなり後継者不在という話を聞いた。瀬戸内海の小さな島で余命半年の高齢男性に出会った。妻に先立たれ自分も癌を患いながら蜜柑を育てていた。この作品を発表するには時間がかかり過ぎた。彼はもうこの世にはいないだろう。 白岡の梨園も2018年に終に閉めることになった。 伐採の当日、目の前で変わってゆく光景にシャッターを切り続けた。樹木を失った土壌はどんどん乾いていく。幹から切り落とされた枝はまだしっかりしているように見えたので、無造作に20本ほど持ち帰り浴槽に水を溜めて枝を浸した。 すると1ヶ月後に蕾がふくらみ始め、季節外れの3月に白い花が咲いた。 わたしは急いで枝を抱えて暗室に入り、最期の花が朽ちゆく瞬間を印画紙に焼き付けた。
2023年9月13日

一葉+彩乃「ポップなパターン」

展覧会概要 主に、一葉は家族を被写体に、彩乃は自分を被写体として、写真を撮りながら生活をしている作家です。 一人一台スマートフォンを持つ時代に、「写真を続ける」とはどういうことなのか定義が難しいですが、「写真の展示をすること」が一つの答えになればいいと思い、今回の展示となりました。それぞれ主題は異なりますが、自分と社会(他者)との間にある何かを埋めるために、写真を撮り続けているのが私たちの共通点かなと思っています。 被写体と撮影者である作家とその周りの環境を主に撮影した写真は、とても個人的な関係性が写るように見えるかもしれません。ただ、時々その中に、外の世界とつながるきっかけとなるシーンを繰り広げてくれることがあります。 他愛もない生活の中の、他愛あるシーンを積み重ねてできた写真作品を「ポップなパターン」として展示します。外の世界と共有される「ポップ」として撮影された写真をお楽しみください。
2023年7月19日

若山忠毅 個展「パスとエッジ ー野生と園芸の地理学ー」

展覧会概要 田畑や雑木林が宅地や道路に変わる状況は日本の都市郊外においてどこにでも見受けられるだろう。 該当地域の自治体などは、土地に対する一定の条例や規制をかけて景観の保全を担保するものの、不動産デベロッパーの介在によって無秩序な宅地造成が進められてしまうのが実のところである。 こうした状況は土地固有の社会的背景を希薄化する要因であり美しさというものがまるでない。さらには土着的な規範のようなものを破綻させ、空間と空間の分断を促しているように思える。 もともとそこにあった風景に代わる空間の特性をパスとエッジという境界にまつわる要素を手がかりに撮影をする。すると現れてきたのは野生と人工の事物が入り混じった奇妙な均衡のうえに成り立つ風景であった。
2023年7月5日

紺田達也 個展 [ l /d ; to do ]

展覧会概要 “ロンの開腹手術が決まった後の晴れた週末。僕はロンを写した”“海の底から登ってくる呼吸の泡”“彼女の消えいりそうな背中を見るのが好きだった” [ l / d ; to do ]は僕が死生観を強く感じた時に写したものを集めた。写真の中では生も死も関係なくそこに存在する。私はそんな写真の中で生きていたい。
2023年6月28日

新山清 写真展「松山にて」

展覧会概要 新山清は1911年、愛媛県に生まれました。1969年に不慮の死を遂げるまで、戦前から戦後を通して充実した写真作品の発表を続けていました。近年でもさまざまな場所でその作品を観覧できる企画が設けられており、新山清が残した写真群への関心はますます高まっているということができます。 Alt_Mediumにて開催される本展覧会では、新山清が戦後の約7年間に、故郷である愛媛県の松山で撮影した写真群を出陳いたします。 新山清の子息であり、その写真アーカイブを管理する新山洋一氏は、本展出陳作を「松山時代」と呼び、そこにあらわされた屈託のないまなざしにとりわけ愛着を持っていると語っています。現在では主観主義写真の代表的な実践者としても知られる新山清ですが、松山時代の諸作からは、美的な趣味判断のみにとどまらず、その土地の様子やそこに生きる人々の営みを率直に記録することへの関心が窺われます。そのことは、もしかしたら、さまざまな破壊や喪失によって塗り込められてしまった戦争という時代の経験、そして、そのような状況からついに解放されたことへの喜びによって、裏打ちされていたのかもしれません。 この機会に […]
2023年5月31日

イイダユキ個展「THE WEDDING」

展覧会概要 イイダユキは2016 年にDo’s Niko(大阪)で開催された個展「わたしは毎日うけいれる。そして、広げた風呂敷はたたむ。」を皮切りに精力的に作品発表を行い、2019 年には第8回 EMON AWARD ファイナリストに選出、2020 年には清里フォトアートミュージアム(山梨)に作品が収蔵されるなど、着実にキャリアを積み上げている写真家です。 今回Alt_Medium(東京)で発表される作品「THE WEDDING」では写真というメディアを “ 最も短い演劇 ” とたとえるイイダが、死に見えない「死」と、その関係性を結婚式という舞台で表現します。 これにより2022 年に結婚したイイダが配偶者の「死」を演劇的に演出することで、結婚を期に感じた違和感や不条理を浮かび上がらせるでしょう。 本展覧会では二人が入籍した2022 年3 月から2023 年3 月までに撮影された中から選び抜かれた作品を展示いたします。 === 夫が死んだ。去年結婚したばかりだった。 “愛情って情熱とか欲望とは全く違う場所に存在するのだと思う。”たまたま読んでいた小説の一節に妙に納得していた時期だった。 […]
2023年5月24日

戸室健介 個展「exhibitions」

展覧会概要 動物園という見ることの目的が明確な場所では、私たちの目的は「展示」されている動物たちを見ることだ。だから私たちの記憶には動物のみが主に存在している。なので、それを取り囲んでいた 「展示」状況(私たちが無意識に見ていたであろうその場の全体、細部、視界を遮っていたノイズの存在、人工的な物質)は、頭の中で描かれる写真のように主体の脇でぼんやりとするか、もしくは記憶から欠落する。この「exhibitions」シリーズは、記憶の中の状況を現実の状況として写真化された時に、私たちはどの様に現実が見え始めるのか?見る目的の明確な「展示」の場所を撮影し、それを考察する。
2023年4月26日

佐藤茉優花 個展「Le Printemps」

展覧会概要 初めまして。佐藤茉優花といいます。大学を卒業して1年が経ちました。1年前私は自分のことが分からなくなって、正しく自分を評価したり、評価されたりすることが怖くて、就活のエントリーシートが書けなくて、みんなが入社式の日、することがなくて泣きました。自分が苦しくない生き方が出来るように、そう思って好きだった花を扱う仕事と、少しだけ自信のあった人を撮る仕事を始めました。色々寄り道しながらも、なんとか、生きているみたいで。あ、あんまり実感はないんですけど。でも昔よりは目に見えるもの全部が鬱陶しいとか思わなくなりました。あれはどうしてだったんだろうな。 いま、風が吹いていますか?吹いてなかったらあなたの吐く息でも。それはどこまで行くんだろうって考えると彼ら、身軽でいいなって思いませんか?今回はそんな展示です。柔らかい風が吹く春みたいな展示がやりたいです。初めて生花をインスタレーションに織り交ぜた作品や、写真のアーカイブ、撮り下ろしの写真など展示します。 質量保存の法則とか、人は死んだらどうなるのかとか、そういう難しいことは分かんないし、社会のためになるような研究テーマもないです。私は私 […]