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2019年9月10日

吉本麻美 / 蓮一昭「-けしき-」

展覧会概要 私たちがみたもの、みたいと願ったもの。または名前の無い感覚を表現するような行為。一人描き続けて、そうして作品に落とし込んだ存在を、私たちは”けしき”と名付けました。 かつて同じ場所で学んでいた二人による、初めての合同展示です。描きたいものも違う、価値観も違う、大切なものも違う、共通点はずっと絵を描いてることだけ。そんな私たちのけしきを、少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
2019年9月3日

「午睡花展」

展覧会概要 みなさんは、花が身近にある生活をしていますか?何もかもダメだった時、部屋に花を1輪飾るだけできもちがスッと落ち着き、周りがパッと明るくなりました。そんな花をもっと近く感じることはできないものか、とおもったのが始まりでした。この展示では、メンバーがそれぞれのやり方で「花との生活」を表現しています。 午睡=お昼寝 穏やかで明るい展示空間をゆったりとお楽しみください。夏の終わりに、待っています。 === わたしたち→多摩美術大学3年生 グラフィックデザイン学科・プロダクトデザイン学科・工芸学科ガラス専攻・日本画科の4名です。
2019年8月20日

「inubot」

展覧会概要 朝、犬は目を覚ましたら、両手を前についておしりを高らかに上げて、伸びをする。その動作を写真に撮って「おはよう」と声をかける。そして、両ほほから頭、背中と全身をなでて、最後に毛並みに鼻を寄せてひとつ息を吸い込む。犬はうちにやってきたときから突然かけがえのない存在になったわけではなく、ともに過ごしてきた時間のなかでそうなっていった。日常で、犬は大切なことを差し出してくれて、私は受け取ってきたように感じている。家族にカメラを向けるきっかけをくれたのも犬だった。 庭先に犬が寝ている光景も、寝顔も、鼻から漏れる寝息も、毛並みの触感も、なにひとつ取りこぼさずに覚えていたい。私の頼りない記憶力では出来そうにないから、今日も写真に託している。 −北田瑞絵
2019年8月6日

片山高志個展「距離と点景」

展覧会概要 片山高志による本展覧会「距離と点景」は2017年の「EMPTY EMPIRE」以来、Alt_Mediumでは2回目の個展となります。  片山はこれまで顔を別のものにすり替えた群衆や、突然切り離され、浮かび上がるように現れる風景など様々なものを描き、常に鑑賞者に対し描かれる余地や、描かれなかった可能性を絵画によって指し示してきました。  近年、白・黒、その他単色の上に写実的に描かれた空想の景色を描いていた片山が、新作では鮮やかな色彩が用いられているほか、その画面全体に散らされた様々な色の点や、流れ込んだ色は、片山の絵画における新たな局面を示しています。  常にその様相を変化させながら、絵画を問い続ける片山高志の現在をぜひご覧ください。 === 模型の表象—距離と点景展によせて 強固なスタイルを構築したかと思えば、次に現れるときには、すでに新たな意匠を編み出している。語ろうとする言葉の手をすり抜けるように、片山高志は制作を続ける。  いま、片山の絵画には軽やかな色彩が導入されている。これまで片山の絵画が色彩を排してきたわけではない。しかし、現在の作品群に至るまでのそれは、重く画 […]
2019年7月9日

宮﨑葵衣、伊藤 颯「Crossing」

展覧会概要 「個人」という存在は一見具体的で自律的に見える。 そして「私は私だけの経験や時間を持っていて、他者のそれとは交わらない」という錯覚はいつしか、私とあなたに明確に線を引いた。 本展覧会は、演技の手法を用いて個人を解放する試みである。 今回、互いをよく知る古くからの友人同士で共同制作を行った。互いに、性別や性格こそ違うが、服の趣味や考え方・感性が近いといつも感じてきた。 この人生を背負ったのがたまたま自分であった。その人生を背負ったのがたまたまあなたであった。 そういった視点から社会を見渡すと、人々はある点ではかけ離れ、しかしある部分では酷似している。 経験を偽装する。存在を偽装する。対外的に別の人間に成り代わる時間を持つことの難易度は、今の社会においてはとても低くなっている。 しかし一方で、他者が他者へ無責任に共感して代弁するような行為への非難は相次いでいる。 私が私でしかないことの何と貧しいことか。私と私でないあなたとの境界は、私たちが思うよりももっと曖昧で、ある時は消えて無くなってしまいうる。
2019年7月2日

飯田鉄写真展「球体上の点列」

展覧会概要 飯田鉄は1948 年生まれ、東京出身の写真家で、これまで精力的に展覧会で作品を発表する傍ら数多くの著作を残してきました。 また、1987 年には日本写真協会新人賞を受賞し作品は東京都写真美術館や川崎市民ミュージアムに収蔵されています。 飯田鉄の作品は1970 年前後から長年にわたり都市の様々な様態を記録、撮影し、何気ない対象がどこか「踏み外し」をしたような感触を与える、独特の時間感覚と空間の捉え方が、ひとつの特徴といえます。また、1975 年の個展「写真都市」(新宿ニコンサロン)以来、都市環境、建築物などの写真作品発表活動も継続して行なっており、今回の展覧会では、その「写真都市」シリーズ時代の作品から現在までのモノクローム作品の中から、あらためてそれぞれを見直し作品の流れを再構成する試みを行っています。 なお、およそ2 週間の展示期間を2 期に分け、前後で展示作品の入れ替えが行われます。 この機会にどうぞご高覧ください。 -Alt_Medium === 【第1期】2019年6月20日(木)〜25日(火)12:00〜20:00 *最終日17:00まで「揺らし箱」 【第2期】2 […]
2019年6月18日

嶋田篤人個展「知る由」

展覧会概要 嶋田篤人は主に故郷である千葉県の房総半島を撮影し、一貫してモノクロームのオリジナルプリントを発表し続けています。また、2013年ゼラチンシルバーセッションアワードでグランプリを受賞の後、隔年で開催されているゼラチンシルバーセッションのグループ展に参加するなど、精力的に活動している作家です。 Alt_Mediumにおいて3回目の開催となる本展覧会で発表するのは、嶋田にとって馴染み深い海岸での1日を撮影した作品です。これまでの嶋田は故郷である房総半島には拘りながらも、被写体や時間、特定の地名といった制約を特には設けずに撮影してきました。しかし、今回嶋田は「同じ海岸に一日いるとどんなものに出会えるのか?」という興味からあえてこのような制約を設けました。その際、当初はその海岸で起こるであろう物語を定点観測的に撮影しようと思っていたものの、その海岸に立ち視点を持つ自分自身もまた海の物語の一部であると気づいた嶋田は、自身の意識の流れによる視線の変化でこの1日を表現するべきだと考えました。 幾度となく通った海岸の、その物語の一部として展開される嶋田の視線と意識の流れをこの機会にどうぞご高 […]
2019年5月7日

横村葵 絵画展「My Composition」

展覧会概要 モチーフのない、色と構図のみによる抽象画になります。 展示する作品は、私が働きながら隙間の時間で描いてきた絵でして、壁にかけて、起きた時や眠る前、眺め一緒に生活しながら色を塗ってきました。 絵は普段自分のために描いていたのですが、これからはみなさまと共有できれば幸いです。 絵の具の色味、きれいです。ぜひ遊びに来てください。
2019年4月30日

青木陽個展「should, it suits, pleasant」

展覧会概要 青木陽は2013年東川町国際写真フェスティバルや第12回写真「1_WALL」におけるグランプリ受賞をはじめとして、個展やグループ展など精力的な活動を重ねている写真家です。 青木は作品毎にそのアプローチを変えつつも、写真と社会との関わりを、そして写真を通じた世界の在り方への探求を視覚的に提示しています。 この度Alt_Mediumで開催される「should, it suits, pleasant」においては、日々の生活空間から「作為」を切り口として、デジタルカメラで捉えたイメージをカラーレーザープリンターで出力します。 一見すると最小限なそのフレーミング(選択行為)があきらかにするのは、私たちを刺し貫き、世界を構成する、他者による作為の集積なのかもしれません。 また会期中である2019 年4 月21 日(日)14:00から批評家の佐々木敦さんを招いてのトークイベントもございます。 この機会にぜひご覧ください。 -Alt_Medium === すべき、適している、快い 古いアパートなど上階の外壁にそのままの扉のついた建物がある。それは無用で奇妙に思える。改築等によって取り残され […]
2019年4月2日

華涙(haru)個展「夢寐」

展覧会概要 「夢寐」それは寝ている間に夢をみること。人はなぜ夢を見るのか。睡眠と夢というのは密接に関係していて、眠っている間に情報を整理したり記憶を定着させたりしている。 夢はその記憶の集まりから映し出されたもので、その時の心理状態などが関係しているとも言われている。 普段は気にも留めないようなことでも改めて夢に出てくると妙に気になったり、何かのメッセージなんじゃないかなんて思ったりすることがある。そんな通りすぎた日常に転がっている些細なこと、でも潜在意識にすり込まれていることをテーマにした展示です。 ギャラリー内を夢の中とし、インスタレーションで表現します。自分自身の記憶に寄り添いながら観ていただけたら嬉しいです。
2019年3月19日

棚木晴子個展「檻」

展覧会概要 動物園とは動物を展示して人間に見せるという場であり、管理する側の人間と、管理される側の動物はへだてられ、檻がそれを象徴しています。  その檻を写真という二次元の世界にさらに閉じこめ、客観的に見つめてみようと試みました。物質的な檻を注視することによって、動物と檻の関係を現代社会に生きる人間の心の中にもあてはめてみると、何かにとらわれていたり、とらえられていたり、形は様々であっても越えられない、目には見えない檻のような存在があることに気づかされることがあるからです。  動物が感情を言葉にすることができないように、人間も感情を上手く表に出せずに壁を作ってしまったり、あえて目をそむけてしまうことがあります。しかし、心の中にあるそういった不自然な檻のような存在に気がつくことができれば、檻の外に出る努力をすることができるのではないのでしょうか。  現実の檻から出ることができない動物たちは、そのことの大切さを教えてくれているように思うのです。
2019年3月12日

篠田優個展「text」

展覧会概要 長野県信濃美術館は1966年に開館した。半世紀を経て、その本館は美術館としての役目を終えた。残雪の土地で光に照らされるその姿を、もはや見ることはできない。僅かな枚数の写真と数時間分の映像が、いまとなっては恥ずべきものでもある、私の美意識という名の選別を通り抜けて残された。あの場所で何が可能であったのか、ここから何を語り得るのか。その後(跡)を生きる者にとっての責務として、私は少しずつでも考えてみたいのだ。
2019年2月26日

小財美香子個展「YEARS」

展覧会概要 心がざわつく瞬間はいつでもどこにいても ありふれた日々を特別な日々に特別な日々をありふれた日々に 心の奥底にしまってあった記憶たちそっと大事にしまっておいたもの